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  • 大阪府立狭山池博物館
大正・昭和の改修前の狭山池

常設展示の概要

第1ゾーン 狭山池への招待

狭山池の豊富な歴史情報をご紹介します。飛鳥時代に「敷葉工法(しきはこうほう)」を用いて築かれた狭山池の堤は、改修を繰り返して現在まで使われ続けて来ました。第1ゾーンでは、高さ約15m、幅約60mの堤の断面を移築展示しています。
 北堤の断面 
 館内へ移設した北堤の断面 

第2ゾーン 狭山池の誕生

東樋(ひがしひ)の年輪年代測定結果から、7世紀前半につくられた日本最古のため池であることがわかりました。第2ゾーンでは長さ約60mにわたって、この飛鳥時代の東樋(重要文化財)と江戸時代の東樋(重要文化財)を展示しています。
 飛鳥時代の東樋 
 飛鳥時代の東樋(重要文化財) 

第3ゾーン 古代の土地開発と狭山池

奈良時代(8世紀)の改修では、僧 行基(ぎょうき)が活躍しました。また律令国家による改修もあり、狭山池は国家の土地開発政策と深く結びついていました。第3ゾーンでは、奈良時代の改修に関する情報を詳しく解説し、奈良時代の東樋(重要文化財)を展示しています。
 行基座像(複製) 
 行基坐像(複製) 

第4ゾーン 中世の土地開発と狭山池

鎌倉時代(13世紀)、東大寺を再建した僧 重源(ちょうげん)が改修をおこないました。重源は古墳時代の石棺で樋をつくりましたが、この時の業績をしるした重源狭山池改修碑(重要文化財)が見つかっています。
 重源坐像(複製) 
 重源坐像(複製) 
 重源狭山池改修碑(重要文化財) 
 重源狭山池改修碑(重要文化財) 

第5ゾーン 近世の土地開発と狭山池

17世紀初め、豊臣秀頼の命で、片桐且元(かたぎりかつもと)が改修をおこなっています。第5ゾーンでは、この慶長の改修でつくられた中樋(重要文化財)と木製枠工(堤の基礎を補強する木組)を移築展示しています。また、西樋取水部材(重要文化財)も展示しています。
 中樋(重要文化財)と取水塔 
 中樋(重要文化財)と取水塔 

第6ゾーン 明治・大正・昭和の改修

明治時代以後は、国、大阪府、地元が一体となり、狭山池の改修を進めました。
大正・昭和の改修でつくられた取水塔を、現地から移築して展示しています。

第7ゾーン 平成の改修

平成の改修が完了し、狭山池は洪水調整機能を備えた新しいダム式のため池として生まれかわりました。第7ゾーンでは、平成の改修後の狭山池の機能と役割について詳しく解説しています。

第8ゾーン どぼくランド

ダム建設事業は、洪水の調節や水道水の確保など、重要な働きをになっています。ダム建設などの土木事業をもっと身近に知っていただけるよう、わかりやすく展示しています。